切迫早産・常位胎盤早期剥離の出産レポ|33週から突然の出血、35週で出産した体験談

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「妊娠中は順調だと思っていたのに、突然こんなことになるなんて…」

これは、私が1人目の妊娠・出産で実際に経験したことです。

33週頃からお腹の張りを感じるようになり、34週には切迫早産と診断されて自宅安静に。

その後、一度は落ち着いたように思っていたものの、35週2日の妊婦健診を終えて帰宅した直後、突然の出血がありました。

そこから病院へ向かい、切迫早産だけではなく、常位胎盤早期剥離も経験することになります。

幸い、赤ちゃんの心拍が安定していたため、すぐに帝王切開になることはなく、最終的には経腟分娩で出産しました。

この記事では、当時の記録をもとに、

  • 33週から切迫早産と診断されるまで
  • 自宅安静から突然の出血があった日のこと
  • 常位胎盤早期剥離と分かったときのこと
  • 入院中に起きたこと
  • 実際の出産までの経過
  • 出産を終えて今思うこと

を、できるだけ当時のまま記録しています。

また、私はこの出産を経験して、「保険に入っておけばよかった」と後悔しました。

これは保険をおすすめするためではなく、実際に大きな出産トラブルを経験した私自身の後悔です。

あられぽ

同じように「自分は大丈夫」と思っている妊婦さんに、こんなケースもあるんだと知ってもらえたらと思い、この部分も正直に残すことにしました。

※この記事はあくまで個人の出産体験談です。医療に関する判断は、必ず医師や医療機関にご相談ください。

目次

33週5日|妊婦健診の経過も順調。産休へ

当時私は、平日4~5時間だけスーパーでパート勤務をしていました。

もともと体力には自信がありましたが、立ち仕事だったので、足がむくんだり、疲れやすいなぁと感じることはありました。

ただ、この頃の私は「お腹が張る」という感覚が、よく分かっていませんでした。

あられぽ

お腹の中では赤ちゃんが昼夜問わずよく動いていて、「蹴ってる?身体を伸ばしてる?元気だなぁ!」と、毎日のように思っていたのを覚えています。

妊娠中の体調も、つわりや腰痛などのマイナートラブルを除けば特に問題ありませんでした。

当時の妊娠経過も、

  • 妊娠中の体重経過や血液検査に問題なし
  • 血圧も正常
  • 子宮頸管長は34mm
  • 羊水の量、赤ちゃんの大きさも週数相当
  • 浮腫・尿蛋白・尿糖も問題なし

という状態でした。

常位胎盤早期剥離についても、当時の私には特に思い当たるようなことはありませんでした。

そのため、「特に問題なく順調に育っている」と思っていたんです。

残っていた有給を使って少し早めに産休に入り、これからはゆっくり過ごせるな、くらいに考えていました。

ところが、今振り返ってみると、この頃からすでにお腹は張っていたのだと思います。

カチカチに硬くなるわけではありませんでしたが、なんとなくお腹が突っ張っているような、ピンと伸びているような感覚がありました。

当時はそれを「お腹が張っている」とは認識していませんでした。

この数日後、夜になると少しずつお腹の張りを感じるようになります。

34週0日|夜間お腹の張りを感じるように

お腹が大きくなるにつれて胃が圧迫され、胸焼けのような症状が増えました。

一方で、産休に入って足のむくみはかなり楽になりました。

ただ、ちょうどこの頃から、夜になると少しお腹が張るような感覚が増えてきました。

カチカチに張るわけではありませんでしたが、少し痛みを感じることもありました。

それでも、このときの痛みは生理痛よりも軽い程度。

あられぽ

出血や破水など、ほかに気になる症状もなかったため、「このくらいなら、4日後の妊婦健診で伝えればいいかな」と考えていました。

まさか、この数日後に「切迫早産」と言われることになるとは、このときは思ってもいませんでした。

34週4日|切迫早産と診断され、自宅安静に

そして、34週4日の妊婦健診。この日は、いつものように妊婦健診を受けました。

赤ちゃんの大きさや羊水の量などを確認してもらい、特に問題はなさそうでした。

ただ、子宮頸管長を測ってもらうと、前回の34mmから23mmに短くなっていました。

先生からは、「少し短くなっていますね」と言われました。

さらに、NST(お腹にセンサーをつけて、赤ちゃんの心拍やお腹の張りを見る検査)を受けることに。

そこで、お腹の張りが10~15分間隔くらいで起きていることが分かりました。

あられぽ

自分では「少しお腹が張るな」くらいにしか思っていなかったので、「これって、そんなに張っていたの?」と、正直びっくりしました。

診察の結果、切迫早産と診断されました。

幸い、この時点ではすぐに入院する必要はなく、

  • 自宅で安静にすること
  • 処方された張り止めの薬を飲むこと
  • これ以上子宮頸管長が短くなったら入院になること

を説明されました。

仕事はすでに産休に入っていたので、家ではできるだけ横になって過ごすことに。

このときの私は、「もう34週だし、あと少しだから安静にしていればきっと大丈夫だろう」そう思っていました。

もちろん不安はありましたが、まさかこのあと、出産までの状況がここまで大きく変わるとは思っていませんでした。

34週6日|自宅安静にしても、お腹の張りは続いていた

切迫早産と診断されてからは、できるだけ家で安静にして過ごしていました。

それまで普通に家事をしていたので、なるべく横になって過ごす生活は少しもどかしかったです。

薬を飲んでいることもあり、お腹の張りは少し落ち着いてきたように感じていました。

あられぽ

その後の診察では、子宮頸管長も少し回復していたので、「切迫早産と言われたけど出産まであと1ヶ月あるし、このまま安静にしていれば大丈夫なのかな」と、少しホッとしたのを覚えています。

ただ、完全に張りがなくなったわけではありません。

夜になるとお腹が張ることもありました。

それでも、痛みが強くなるわけでもなく、出血もありません。

だからこそ、その数日後に起きたことは、本当に突然でした。

35週2日|妊婦健診の帰宅後、突然の出血

そして、35週2日。

この日は、経過観察をするため少し早めの妊婦健診となりました。

前回、切迫早産と診断されていたので、この日も子宮頸管長やお腹の張りを診てもらいました。

この時点では、特に大きな問題がなかったため、いつも通り家に帰りました。

ところが、帰宅してしばらく横になっていると、突然お腹から「パンッ」と音がしました。

その後お腹に違和感が。

トイレに行ってみると、出血していました。

「え…?」

頭の中が真っ白になりました。

それまで出血したことはなかったので、明らかにいつもと違うことが起きていると感じました。

すぐに病院へ電話をしました。

「今、出血があります」

そう伝えると、すぐに病院へ来るように言われたので、急いで準備をして病院へ向かうことに。

このときは、まさか自分がこのあと「常位胎盤早期剥離」と診断されることになるなんて、もちろん知りません。

ただ、「赤ちゃんは大丈夫なのかな…」それだけが心配でした。

陣痛タクシーへ連絡後、荷物をもって病院へ

夫が帰宅するまでに2時間ほどかかるため、事前に登録していた陣痛タクシーに連絡をしました。

このとき、陣痛タクシーに登録しておいて本当によかったと思いました。

あられぽ

名前や生年月日、住所、出産予定の病院などをあらかじめ登録していたので、緊急の状況でも必要な確認がスムーズに進みました。

電話では、

  • 今の状況
  • 名前や生年月日
  • 住所
  • 行き先の病院
  • 同伴者がいるか
  • 荷物はあるか

などを確認されました。

出血があったことを伝えると、「破水している可能性もあるので、大きめのタオルも準備してください」と言われました。

このときは、トイレに行くのも怖くて、そのままタクシーを待っていました。

10分ほどするとドライバーさんから到着したと連絡があり、陣痛バッグと入院バッグを持ってタクシーへ。

そのまま、病院へ向かいました。

実は、切迫早産と診断された日に、念のため陣痛バッグと入院バッグを準備していました。

あられぽ

まさか、こんなに早く使うことになるとは思っていませんでしたが、「準備しておいて本当によかった…」と、このとき心の底か思いました。

病院到着直後、大量出血。胎盤が剥がれている可能性

病院に到着すると、すぐに処置室へ通されました。

そのまま横になり、診察が始まります。

ところが、診察が始まってすぐ、その場で大量に出血してしまいました。

処置室の空気が一気に変わったのを感じ、先生や看護師さんたちが慌ただしく動き始めました。

「かなり危険な状況かもしれないので、すぐに確認しますね」

そう言われたものの、私は何が起きているのか、まだよく分かっていませんでした。

あられぽ

ただ、周りの空気が明らかに変わったことで、「もしかして、かなり大変なことになっているのかな…」と、怖くなったのを覚えています。

検査を進めてもらう中で、破水していることも分かりました。

そして、お腹の中で胎盤が剥がれてしまう、常位胎盤早期剥離の可能性があることを伝えられました。

ただ、このときの私が一番気になっていたのは、赤ちゃんのこと。

「赤ちゃんは大丈夫ですか?」

そう質問すると、「赤ちゃんの心拍は安定しているので安心して下さいね」と言われました。

その言葉を聞いて、少しだけホッとしたのを覚えています。

とはいえ、私がいた病院では対応が難しいということで、周産期医療センターへ救急搬送されることになりました。

自分が救急車で運ばれるなんて、妊娠するまで考えたこともありませんでした。

しかも、さっきまで普通に家にいたのに。

その日の妊婦健診でも、特に大きな問題はなかったのに、数時間後には救急車の中にいる。

状況の変化についていけないまま、周産期医療センターへ向かいました。

35週2日|常位胎盤早期剥離と診断。緊急出産の可能性も

周産期医療センターへ搬送され、そこでさらに詳しく診てもらいました。

そして、常位胎盤早期剥離の診断が確定されました。

突然の大量出血と破水、そして35週というまだ予定日よりかなり早い時期。

この時点で、緊急出産になる可能性もありました。

しばらくして、夫も病院に来てくれました。

そこで私たちは、もしもの場合について、とても重い説明を受けることになります。

夫には、「お母さんと赤ちゃん、どちらの命を優先しますか?」という話がありました。

そんなことを聞かれるなんて、妊娠するまで想像したこともありませんでした。

私自身も、「赤ちゃんが無事なら、それでいい」という気持ちでいっぱいでした。

でも、もちろん私も生きたい。

そんな複雑な気持ちの中で、これからどうなるのか分からないまま、赤ちゃんの状態を見守ることになりました。

それでも赤ちゃんの心拍は安定していた

幸い、赤ちゃんの心拍は安定していました。

そのため、すぐに帝王切開をするのではなく、赤ちゃんの状態を慎重に確認しながら経過を見ることになりました。

先生からは、「赤ちゃんが少しでも苦しいサインを見せたら、すぐに帝王切開に切り替えます」と説明されました。

つまり、「今は赤ちゃんが大丈夫だから、このまま経過を見る」。

でも、「少しでも赤ちゃんに変化があれば、すぐに手術」という状態です。

あられぽ

いつ帝王切開になってもおかしくない。そんな緊張感の中で、私は入院することになりました。

すべての診察が終わった夜中、陣痛室へ

その日の夜、すべての診察が終わったあと、点滴をつけたままベッドのある陣痛室へ移動しました。

看護師さんから、「いきなり色々なことが起きて疲れていると思うので、少しでも休んでください。モニターで全部管理しているので、心配しないでくださいね」と声をかけてもらいました。

その言葉を聞いて、少しだけ安心できました。

その後も、見回りに来てくださった助産師さんから、「お産は体力を使うので、寝られるうちに寝てくださいね」と言われました。

でも、いろいろなことが起きすぎて、頭も気持ちも興奮していました。

怖い。

不安。

赤ちゃんは大丈夫かな。

これからどうなるんだろう。

いろいろな気持ちが入り混じって、なかなか眠ることができませんでした。

夜中の3時頃、少しずつ生理痛より強いくらいの痛みを感じるようになりました。

その後、ウトウトしながら、なんとか眠りにつきました。

35週3日|陣痛が始まり、出産へ

朝7時頃になると、生理痛のような痛みがはっきりしてきました。

痛みでしゃがみ込むくらいにはなっていましたが、診察をしてもらうと、子宮口はまだ0.5cm。

出血もなく、私も赤ちゃんの状態も安定していました。

出産前、最後の食事

ちょうどこのとき、朝ごはんを食べてもいいと言われました。

ただ、帝王切開になる可能性もあったため、「これが出産前の最後の食事になるかもしれません」ということでした。

あられぽ

お腹の痛みはありましたが、前日の昼ごはんを最後に、ほとんど何も食べていなかったので、とにかくお腹が空いていたのを覚えています。

しかも、前日はほとんど眠れていません。

「出産にはまだ時間がかかるかもしれない」と言われていたこともあり、とりあえずしっかり食べておこうと、朝ごはんは全部食べました。

食事を終えてから、夫にも連絡しました。

このときはまだ、「今日、赤ちゃんが生まれるのかな」というくらいの気持ちだったと思います。

少しずつ強くなる痛み

朝ごはんのあと、しばらくすると眠気が出てきて、また少し眠りました。

そして、お昼頃。それまでとは明らかに違う、強い痛みを感じるようになりました。

「いよいよ陣痛なのかな?」と思ったのですが、助産師さんからは、「まだ本陣痛ではなく、前駆陣痛ですね」と言われました。

たしかに、痛みはかなり強くなっていましたが、まだ耐えられるくらい。

それでも、痛みがくるたびに息を止めるようにして耐えていました。

この時点では、まさかここからさらに長い時間、痛みに耐えることになるとは思っていませんでした。

ラミナリアと陣痛促進剤

夕方18時頃、助産師さんに子宮口を確認してもらいましたが、まだ0.5cmほどしか開いていませんでした。

このままではまだ時間がかかりそうということで、ラミナリアを使うことになりました。

私は「ラミナリア」というものをこのとき初めて知りました。

事前に説明を聞いたあと、気になってスマホで調べてみたのですが、出てくる体験談がなかなか怖くて…正直、かなり不安になりました。

そして実際に処置をしてもらうと、「これを20本入れますね」と言われてびっくり。

20本も!?と思いました。

実際の感覚としては、硬いタンポンを何本も入れているような感じ。

子宮口がまだほとんど開いていなかったこともあり、入れるときも抜くときも、かなり窮屈で痛かったのを覚えています。

足を閉じることも難しく、歩くのも大変で、トイレに行くたびに、「これ、抜けたりしないかな…」と心配になっていました。

それでも、ラミナリアを入れてしばらくすると、少しずつお腹の痛みが強くなっていきました。

そして夜23時頃、ラミナリアを入れてから約5時間後、今度ははっきりとした陣痛が始まりました。

痛みはかなり強くなっていましたが、前日からほとんど眠れていなかったこともあり、疲れ切っていました。

痛みに耐えながら、途中で少し眠ってしまうこともありました。

35週4日|翌朝、なかなか進まない出産

翌朝5時頃、ラミナリアを入れてから約12時間が経っていました。

あられぽ

お腹は痛い。お腹も空いている。でも、思うように出産が進まない。そんな状態でした。

子宮口はまだ1.5cm

ラミナリアを外して子宮口を確認してもらうと、「1.5cmです」と言われました。

前日の夜からずっと陣痛が続いていたので、「もっと開いているんじゃないの?」と思っていた私は、かなりショックでした。

0.5cmから1.5cm。痛みに耐えてきたのに、まだこれだけしか開いていないのか…。

このときは、出産がいつになるのか全く分からなくなっていました。

その後、陣痛促進剤を使うことになり、点滴をしながらお産を進めていくことになりました。

この頃には、痛みもかなり強くなっていました。

しかも、陣痛が来ているのに、なかなか赤ちゃんが下りてきてくれません。

「このまま本当に生まれるのかな」そんな不安もありました。

そして私は、このあとさらに長い時間、痛みに耐えることになります。

痛かったのは出産だけじゃなかった

朝7時頃、陣痛促進剤を使い始めてから、2時間ほど経っていました。

お腹の痛みはかなり強くなっていましたが、子宮口はまだ1.5cm。

「こんなに痛いのに、まだ1.5cmなの…?」

正直、かなり絶望しました。

陣痛というと、痛みがきて、少し休める時間があって…というイメージだったのですが、このときの私は、痛みがずっと続いているように感じていました。

あられぽ

陣痛促進剤を使うと痛みが強くなるとは聞いていましたが、「こんなにずっと痛いものなの!?」と思っていました。

あまりの痛さに何度も、「もう帝王切開にしてください」と言っていたと思います。

それでも、赤ちゃんの心拍には大きな問題がなく、私の状態も安定していたため、まだ経腟分娩を続けることになりました。

午前10時、先が見えず思わず涙

午前10時頃、痛みをこらえながら、少しでも楽な姿勢を探していました。

ベッドの上だけでなく、立ってみたり、座ってみたり。

助産師さんから、「動けるようなら、立ったりしてみてもいいですよ。赤ちゃんが下りてくることもあるので」と言われ、できる範囲で動いていました。

でも、痛みはどんどん強くなっていきます。

子宮口を確認してもらうと、まだ3cm。

「え、まだ3cm…?」

このときには、もう先が見えませんでした。

吐き気もして、体が震えるような感じもあり、意識がぼんやりすることもありました。

「もう耐えるの無理です、もう産ませてください」

そんなことを何度も言っていたと思います。

このあと「夕方から夜までかかるかもしれない」と言われ、「あと何時間、この痛みに耐えるんだろう…」と考えたとたん、涙が出てきました。

お昼頃、一気に子宮口全開

そして、お昼頃、それまでとは少し違う感覚がありました。

ものすごく痛いのは変わらないのですが、急に「なんか出そうな感じがする…」と思ったんです。

助産師さんに、「なんか出そうな感じがするんですが…」と伝えると、確認してくれました。

すると、「もう全開です!」と言われました。

あられぽ

なんと、子宮口が10cmまで開いていたんです。さっきまで3cmだったのに。あまりにも突然で、私自身もびっくりしました。

「いきんで大丈夫ですよ」と言われ、ようやく出産が始まるんだと実感しました。

ここからは、もう赤ちゃんに会うために頑張るしかありません。

35週4日|経腟分娩で、赤ちゃんが生まれる

12時30分頃。

赤ちゃんの心拍は安定していて、私自身の状態にも大きな問題はありませんでした。

ただ、常位胎盤早期剥離と診断を受けていることもあり、途中で赤ちゃんの心拍が下がったり、出血が増えたりした場合には、すぐに帝王切開へ切り替えられる状態での出産でした。

周りにはとにかくたくさんの先生やスタッフの方がいました。

私は痛みがずっと続いていたので、「今いきむタイミングなの?」ということも、自分ではよく分かりませんでした。

助産師さんがモニターを見ながら、

「今いきんで!」

「はい、いきまずに深呼吸!」

と声をかけてくれます。

その声を聞きながら、必死についていきました。

ここまでずっと、

「もう無理」

と思うほど痛かったのですが、子宮口が全開になり、赤ちゃんがもうすぐ生まれると分かってからは、少し気持ちが変わったのを覚えています。

そして、何度かいきんでいるうちに、赤ちゃんの頭が見えてきました。

局所麻酔をしてもらい、会陰切開。

その後、さらに2回ほどいきんで、赤ちゃんが生まれました。

長かった。

怖かった。

痛かった。

でも、ようやく赤ちゃんに会えました。

ようやく赤ちゃんに会えた

35週4日。

予定より約1か月早く、赤ちゃんが生まれました。

いつ帝王切開になってもおかしくない状態でしたが、赤ちゃんの心拍は最後まで大きく乱れることなく、無事に生まれてきてくれました。

ここまで、「赤ちゃんは大丈夫なのかな」「このまま無事に産めるのかな」と、ずっと不安でした。

あられぽ

出産そのものももちろん痛かったけれど、そこに至るまでの時間があまりにも長く、本当にいろいろなことがあったので、赤ちゃんが生まれた瞬間は、「無事に生まれてきてくれて本当に良かった」ただそう思いました。

出産後の私の体の状態

出産後、私の出血量は思っていたほど多くなく、体の状態も落ち着いていました。

後陣痛のような痛みはありましたが、痛み止めを使ってもらうことで、なんとか過ごすことができました。

「世の中のお母さんたちは、みんなこんな痛みに耐えて赤ちゃんを産んできんだなぁ」と、思うと本当に感慨深かったです。

ただ、出産後にも一つ大変だったことがあります。

子宮が収縮したことで、胎盤の一部が残ってしまい、それを取り除く処置を受けることになりました。

これが、かなり痛かったのを覚えています。

「出産が終わったから、もう大丈夫」と思っていたところだったので、「まだあるの…?」という気持ちでした。

会陰切開をしたところは、麻酔をしてもらったので、処置そのものの痛みはそれほど感じませんでした。

出産が終わっても、すぐにすべてが終わるわけではないんだな、と実感しました。

赤ちゃんの様子

赤ちゃんは、当時NICUへ行く予定でした。

生まれる前も「35週なので2,000gはないかもしれない」と言われていましたが、実際には2,000gを超えていました。

ただ、やはり予定より早く産まれたこともあり、状態は安定しているものの、体温が少し低かったためGCUへ行くことになりました。

あられぽ

どうなるのか本当にずっと心配でした。でも生まれてきてくれた。それだけで本当に嬉しかったです。

出産を終えて、「まさか自分が」と思った

無事に赤ちゃんが生まれて、少し落ち着いてから、私は改めて「本当に、こんなことになるなんて思っていなかったな」と思いました。

妊娠中は「自分には大きなトラブルは起きない」と思っていた

妊娠中は、妊婦健診でも特に大きな問題を指摘されず、33週頃までは、私自身も心身ともに順調でした。

もちろん、妊娠中なので何が起こるか分からないということは頭では分かっていたと思います。

でも、まさか自分が切迫早産になって、さらに常位胎盤早期剥離まで経験するとは、考えたこともありませんでした。

突然の出血があってからは、「赤ちゃんは大丈夫?」ということばかり考えていました。

「母子ともに危険な状態」
「帝王切開になるかもしれない」

振り返ってみると、「妊娠・出産は本当に何が起こるか分からないんだな」と実感したと同時に、私の人生で1番記憶に残る経験となりました。

1つだけ、保険に入っていなかったことを後悔した

この出産を経験して、1つだけ強く後悔したことがあります。

私は当時、保険に入っていませんでした。

陣痛バックや入院バック、陣痛タクシーも事前に準備していたことは本当に良かったと思っています。

ですが、出産前は「大きなトラブルもなく出産できるだろう」と、どこかで思っていたんだと思います。

だから、保険については真剣に考えていませんでした。

でも、切迫早産、突然の出血、常位胎盤早期剥離の診断、帝王切開になる可能性もある、そう言われたとき、頭の中にはいろいろなことが一気に浮かびました。

「もし赤ちゃんに何かあったらどうしよう」
「入院や手術には、どのくらいお金がかかるんだろう」
「もし私に何かあったら、家族はどうなるんだろう」

それまで具体的に考えたことがなかったことを、急に考えなくてはいけなくなりました。

そして、「こんなことになるなら、もっと早く保険について考えておけばよかった」と後悔しました。

あられぽ

保険に入っていなかったことそのものより、「自分には大きなことは起こらない」と思って、何も考えていなかったこと。それが一番の後悔だったのだと思います。

私自身、この出産をきっかけに保険について考えるようになり、その後、妊娠中でも相談できる保険相談サービスなどを調べました。

実際に比較・利用した保険相談については、こちらの記事にまとめています。

▶ 妊娠・出産・子育て中の保険相談はどこがいい?私が実際に比較・利用した4つ

同じ後悔をする人が少しでも減ってほしい

もちろん、保険に入るかどうかは、それぞれの家庭の考え方や状況によって違うと思います。

私自身も、この経験をしたからといって、「絶対に保険に入ったほうがいい」と言いたいわけではありません。

ただ、私の場合は、実際に妊娠出産でのトラブルを経験しました。

あられぽ

だからこそ、私と同じように「大丈夫」と思っている人にも、「もっと早く考えておけばよかった」と同じ後悔をする人が少しでも減ってほしいと思っています。

今回の経験から、出産前に準備しておいてよかったこと

今回の出産は、予定日よりかなり早く、突然始まりました。

まさか35週で出産するとは思っていなかったので、もし何も準備していなかったら、もっと慌てていたと思います。

あられぽ

そこで、実際に経験してみて、私が「準備しておいてよかった」と感じたことを最後にまとめてみました。

陣痛バッグ・入院バッグを早めに準備していた

私は、出産予定日まではまだ時間があると思っていましたが、入院に必要なものはある程度準備していました。

突然入院することになったとき、

「これを準備しなきゃ」
「どこに置いてあるんだっけ?」

と、一から考えなくて済んだのは本当に助かりました。

陣痛時には本当に余裕がなくなるので、陣痛時に必要なものと、入院中に必要な物を分けておいたのも良かったです。

陣痛タクシーに登録していた

そして、登録しておいて本当によかったと思ったのが、陣痛タクシーです。

突然出血したときは、自分で運転できる状態ではありませんでした。

事前に名前や生年月日、住所、出産予定の病院などを登録していたので、病院へ向かうときにも慌てず安心して連絡することができました。

実際に使うことになるとは思っていなかったので、「まさか本当に使う日が来るとは…」という気持ちでしたが、今回のような、もしもの事態のために登録しておいてよかったです。

母子手帳に病院への連絡方法を記載していた

突然の出血があったとき、私はすぐに病院へ電話をしました。

私は母子手帳に連絡先などを記載していたので、慌てずに済んだのですが、「どこに連絡すればいいんだっけ?」と迷っていたら、もっと焦っていたと思います。

妊娠中のちょっとした疑問だけではなく、緊急時にはどこへ連絡すればいいのか。

あらかじめ確認しておくことも大切だったと感じました。

家族と緊急時の連絡について話しておいた

今回のように急に入院や出産になると、本人だけではなく家族も突然対応することになります。

私も夫も、突然の出来事だったので、夫への連絡だけでなく、家族とのやり取りが必要になりました。

今回は、切迫早産の診断があった際に、「もし急に入院することになったらどうする?」「病院から連絡があったらどうする?」など、事前に夫と話し合いができたので、普段から家族と緊急時の対応について話しておくことは重要だなと感じました。

完璧に準備しておく必要はないと思います。

これはあくまでも、私自身が実際に経験して「やっておいて助かった」と思ったことです。

あられぽ

ただ、突然何かが起こったときに、「どうしよう!」となることを少しでも減らせるように、最低限のことだけでも家族と共有しておくと安心だと思いました。

私自身、まさか35週で突然出血して、そのまま出産することになるとは思っていませんでした。

だからこそ、今回の経験を通して、「まだ大丈夫」と思っている時期から、少しずつ準備しておいてよかったと感じています。

これから出産を迎える方の、何か一つでも参考になれば嬉しいです。

まとめ|妊娠中は何が起こるか分からないからこそ

私の1人目の妊娠・出産は、33週頃からお腹の張りを感じるようになり、34週で切迫早産と診断され、自宅安静になりました。

そして35週2日。妊婦健診では大きな問題がないと言われて帰宅したその日の夜、突然の出血があり病院へ。

その後、常位胎盤早期剥離、帝王切開になる可能性もある中で、赤ちゃんの心拍を確認しながら出産を迎えることになりました。

ラミナリアや陣痛促進剤を使い、長い時間陣痛に耐えて、35週4日に出産。

この出産は、私にとって忘れられない経験です。

だからこそ、当時の記憶をこうしてブログに残しておきたいと思いました。

あられぽ

何より、予定より早く生まれてきたけれど、あのとき頑張って生まれてきてくれた娘には、「無事に生まれてきてくれて、本当にありがとう」と今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

改めて振り返ってみても、「まさか自分がこんな出産をするなんて」という気持ちは今でもあります。

保険に入るかどうかも含め、考え方はそれぞれの家庭によって異なりますが、出産を終えてから、「もっと早く準備しておけばよかった」「もっといろいろなことを考えておけばよかった」と思ったこともたくさんあります。

なので、「自分は大丈夫だろうと思っていても、実際にこういう出産を経験した人がいる」ということを知ってもらえたらと思っています。

この記事が、これから出産を迎える方にとって、「こんなこともあるんだな」と知るきっかけになったり、「少しずつ準備しておこう」と思うきっかけになったりしたら嬉しいです。

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